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個人的なことを書きます、個人的なことが政治的なことかどうかについてはわかりません

えーなんなんだろう

不安です。なにが不安か?生活が。生活がうまくいく気がしない。大学院は受かりました。嬉しいです。小学校入学前から公文でずっと勉強していたし、本当に勉強だけが取り柄みたいな人生だったので。だからこそ、これまでいろいろ(特に家庭のいろいろで高校をやめなきゃいけなかったりして)うまくいかなかったので、コンプレックス酷かったので。ただ、そのコンプレックスを拗らせて自暴自棄な生活をしている間に、「あ、自分、社会でやっていくの無理なんだ。苦手なんだ。社会に向いていないんだ」ということに気づかされ、親にも連絡していなかったので当然バイト続かない当時最悪だったメンタルから言って貧しい暮らしをすることになって、「あ、これ生活できない。お金ない。飢える。死ぬ」ということに気づかされ、とにかく、少なくとも学歴を手に入れないと、障害者枠でもハロワ落ちるんだ、とかも気づかされ、なんかもう、本当に不安ばかりが募るようになり、一定以上の学歴が最低条件、さもなくば生活できない、死しかない、という強迫観念に陥り、偶然、大学に復帰した後にそこそこ学問と合うことに気づいたので学歴ロンダできて、学歴コンプレックスは解消できた、はずなのですが、本来そんなに勉強する必要なく行けたよね?って考えると、逸失利益を考え出して病むし…まぁこれは前にも書いたからいいか。ただ、その間に新たに強迫的な観念として現れてきた生活への不安、これが本当に酷い。悪化に悪化を重ねて、強迫的に物事に取り組むことで、そういう考え方が心の底まで染み付いてしまって、もはや何をしても満足できない、何をしても、「このあと少しでも間違えたら終わりだな」という考えになってしまって、新たに修士以降どうするか、という不安に苛まれてきた。そりゃそう、修士課程にいてもお金はもらえないんだから。D進は進学先の教授には勧められているから申し訳ないけど、学振取れないとポストキツいだろうし、ただでさえディシプリン的に先が見えないし、その学振も倍率4倍〜5倍だし、取れたとしてもポストの保証ないし、何より生活費の足しになるだけで、就職した方が絶対に安定だし、金も貰える。だから就職しかないなという感じなんだけど、つまりだいたい2年後を考えて過ごさなきゃいけないわけで、結局なんか苦しくなってきてしまった。就活。何をすればいいのかわからない。とりあえずバイトを始める。バイトは就活には(文系なら)ほぼ必須だろうし、お金をもらえるのが大きい。お金が欲しい。生活できるだけのお金、そして生活できるよってフィードバックをしてくれるような環境が。社会に参画していると思わせてくれるような環境が。生活への不安を解消してくれるようなね。不安。本当に不安だ。ずっとそれで病む。だから本とか買えない。必要な本とかでも。本って高いんだもん。専門書4000円くらいするし。貯金させてよ。とか思うのに、外食は結構しちゃうのが自分の意思の弱さとかそういうのを思わされてアレ。服とかその辺にお金をかけてないし趣味にもお金をかけてないから許してほしい。そもそも趣味と言えるほどの趣味はないけど。てか許してほしいって誰に?って話だよね。自分が自分を一番許せないんだろうな。貧しい生活をした時に知ってしまった自分の「社会人としての無能さ」、お金を稼ぐことができない自分。お金を稼げない人間がお金を使うことが許されるの?と自分に毎分毎秒問いかけている。答えはノー。なぜなら、「働かざるもの食うべからず」と言われてきたから。学校を過敏性腸症候群で休んだら、包丁を持って泣き叫ぶような母親。病気だよね。まぁ彼女もまた精神疾患だったわけだけど。トラウマだよ。包丁を持ったのは数回だけどね。それでも感受性が強い自閉症の人間にとっては十分にトラウマだった。だから捉えられている、そういう考え方に、今でも。働かなくてもいいとは「考えて」いるんだけど、いざ自分のこととなると、そう「思え」ない。なんで働かなきゃいけないかって答えなんてないはずなんだよ。雇用なんて、これからオートフォーメーション化でどんどん減っていく。働きたくても働けない人だってどんどん減っていく。自発的失業を選ぶ人だって増えていくわけです。それは自然だよね。でも、いざ自分のこととなると、働かなきゃいけないって思ってしまう。自分が社会の正統なレールから外れた時の親の反応が怖いから。でも働く能力がない人間だから、強迫的に苦しみながら物事をこなすわけだけど、働く能力がないことを知っているから、失敗することが運命づけられていると思い込んでいるから、いつまで経ってもメンタルヘルスが一向に回復しないんですよね。えーなんなんだろう。言語化できているんだけど。実践できない。実践?なにを?なにをすればいいんだろう。バイトするよバイト。病院は家の引っ越し問題が解決できたらまた行けるようになるのかな。でも、安定できるまで、本当に安定できるまで、お金を、一人でも暮らしていけるだけ稼げるようになって、それが何年も続くという、今の自分にとっては夢物語のような生活が成り立つまで、それまではずっとこんな感じで不安不安不安不安不安不安って言い続けるんだろうな。それか考え方を変える?EMDR治療?わからないよね、その辺り…。そんなに考え方を変えるぞって言って変えることができたら苦労しないんだけど。えーなんなんだろう本当に…。もし生活が安定しても不安なままだったらまじでどうすればいいんだろう。解決策がいよいよなくなってしまう。だって、院試に受かるまでは院試に受かればメンタルヘルスの問題が解決すると思っていたのに、より悪化しているんだもん。生活が安定しても不安なままだったら、本当にどうすればいいんだろう。

同時に二つの相反する価値観を持つなんて無理でしょ

稲田なんとか防衛大臣が外国の大臣と一緒の場で全員が女性だったから、「私たちみんなグッド・ルッキングね」と言ったことが、外国で顰蹙を買ったと日本で顰蹙を買っているらしい。大臣という公の場に美という私的な価値観を入れることがナンセンスだというのもあるが、男性の政治家は美醜をどうこう言われることはほとんどない(ネットとかでわちゃわちゃ言われることはあるけど)のに女性は…というのが女性を「女性的な」価値観に押し込もうとするとして問題になっていることもあって、稲田なんとか防衛大臣の発言はちょっとズレてるんじゃないの?差別を解消していかなければいけない女性の政治家である人間がそんなことを言うなんて…とか他にもいろんな批判があると思う。

 

でもまぁ少なくとも日本のいろんな場では今でもそういうことを言うのが「機転の効いた」「うまい」言い回しとされていて、それが差別的だというのは本当にその通りだし、どうにかしなきゃいけないと思うんだけど、稲田さんはそういう環境で育って、そういう環境のなかで自分をなんとか大きくしないといけなくて、そしてそういうことを言うタイミングやらなんやらを学んできたわけで。

 

だから、稲田さん本人は方向性はめっちゃ間違ってるけど、まぁ頑張った結果、空回りしたんだろうな…というのは、そういう環境で育った人間としてはものすごくわかる。そういう環境で育つと、努力することが裏目にでるし、努力することが批判される結果を招く。どのように努力するかでかなり結果は変わってくるのに、どのように努力すればいいかなんてのは誰も教えてくれない。

 

正直、稲田さんがこれで叩かれるの、めっちゃかわいそうだな〜って思う。稲田さんの環境でまぁ政治家になって日本をどうにかしようと頑張ろうと思ったらああいう方向に走るのはしょうがないことだし、そういう価値観をどうにかしようと思ったら、稲田さんは日本国内のそういう環境ではそういうことを言いながら、外国でも通用するような「うまい」かつ配慮が行き届いたことを言わなきゃいけないわけで、それはめちゃくちゃ難しいと思う。まぁそれをするのが政治家の役目なのはわかるけど、まぁなかなか常人にはきついでしょ…。

 

自分がそういう環境やら発言やら価値観やらを批判する学問を勉強していることもあって、自分がだんだんと社会の「マズい」部分に敏感になっていくのを感じるなかで、でもいつかはきっと社会に適応しなきゃいけないし、いまの学問の場においても結構、相反する価値観がバトルしてたりするっぽいんだけど、自分は社会の「マズい」部分に無批判にコミットする力も必要になっていくんだろうな〜と考えていて、そんな時にこういうニュースを見るのはすごく精神衛生上よくない。マルチタスク(?)ができる人は、うまく両者の価値観を使い「分け」ることができるのかもしれないけど、自分はそんなことできないから、どうか価値観がひとつになって、できれば明確な指針として文書化されることを(個人的に)祈ります。共謀罪とかもいろいろ話題だけど、無理やり押し通して反体制側を武力で鎮圧だー!とかやっても思想の部分は変わらないだろうし、結構これからもバトルが続きそうな気がするから、カリスマ的なリーダーが現れて全員を洗脳してほしい。それか全員の価値観がひとつになる薬をください。多様性がないと人生はつまらないとか言うけど多様性があってよかった例なんてあるか?多様性がないとイノベーションが起きないというけど多様性がなければイノベーションなんて起きる必要がないんだよな………

ブログ復活⭐︎

就活と同じか、あるいはそれよりちょっと早い時期に院試があるという幸せで、なんとか進路を確保して、一時的に安心しているんだけど、なんだかんだ言って、一年近く、ノルマを設定して、絶対に一日もサボらない、そしてノルマも楽に達成できるようになったらより厳しくする、という強迫神経症っぽいやり方で勉強したからでもあるのかな、と考えると、こんなに努力しなきゃいけなかったなんて!という気持ちになるのです。

 

自分は5年前に家庭の事情と自分の病気でいろいろあった結果として高校を中退して、そのまま精神を病んで割と(自分の感覚としては)悲惨な数年間を送ってきたので、そういう前提条件がなかったら、こんなに努力せずとも、今くらいの進路は確保できたんだろうな、と思う。

 

むしろ、精神を病むこともなく、そして精神を病むこともなかったら人間関係を壊しまくることもなく、逆に高校の時に持っていた人脈的なものを開拓していくことができていれば、と考えると、いろいろあった結果として失った逸失利益の大きさにあー!という気持ちで、でも誰もが失敗やら環境用意でのいろいろやらを経験しているわけだから、自分ばかり自分ばかりというのはやめたほうがいいんだろうけど、こういう考え方をずっとしてきたせいで、いま喜ぶべき時期に全然喜べないという感じになってる。

 

本当にこれどうにかしたほうがいいんだろうけど、いまのところ投薬治療しか見込みがないし、投薬治療もはっきり言って効果があるのかわからない。それどころか関東に引っ越して以来、新しい病院を開拓することができていなくて、というのもいま部屋を間借りさせてもらっている親が引っ越しするかもしれないから、いま住んでいるあたりで病院を開拓しても結局また新しいとこに移らなきゃいけないってことになりそうで、ストックしている、すでに処方を受けている薬を飲んでいるんだけど、なんだかなぁという感じでもやもや。

 

この先もずっとこういうメンタルのままなのかと思うと、なんだかなーという感じ。結局は自分の考え方次第だというのも一理あるから考え方を変えることができたらいいのにと思う。逸失利益がどうのこうのといういまの考え方は、自分を客観的に捉え直す試みを、より悪い方向に動かしている気がするし。

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