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雑記 vol.1

今日は水道橋駅至近の場末の中華料理屋で、研究会の終わりに、独りで夕食を食べていたのだけど、そのお店に客として来ていた若者2人の会話が印象的だった。

 

耳を傾ける限り、彼らは中学校の同級生で、ひとりは卒業後すぐに働き始め、もうひとりは全日制の高校に通っていて今は働いているっぽかった。

 

彼らの話の内容は、中学校時代の友達がどうしているか、それぞれの兄弟姉妹がどうしているかというもので、ひとりが退店間際に発した「また昔の面子で集まりたいな」ということばが特に印象的だった。

 

もちろん私自身も、中学校・高校時代の友達と会った時は「あの時の面子、最高だったよな」みたいなことを言ったりするので、そのことば自体は常套句なのかもしれないけど、それを発する側は、やっぱり感情が出てしまうもの。

 

そして本題、彼らの会話のどこが印象的だったのかということなのだけれども、彼らのうちのどちらかの姉が「四大を、奨学金を借りることなく卒業して就職したのに、実家に金を入れない」ということでクズ扱いされていたということ、そして中学卒業後すぐに働き始めた方は、まだ若いながらも(自動車免許についての話もしていたので20歳前後だろうか)給料を妹のお小遣いとして渡していると話していたということの2点。

 

私の家は父もその年齢の平均年収ほどは貰っていなくて、母も身体が弱くて働けていない、という事情もあって、大学院まで行かせてもらっていることを申し訳なく思っているから、ほかの院生よりは切り詰めて生活しているつもりではあるのだけど、奨学金は借りていないし、正直、実家にお金を入れることの意味もわからない(どうせ相続されるのではと思うし、親世代に一定以上の貯蓄があれば生前贈与していた方が相続税的にも得なのだから、実家暮らしで家計を分離させる必要がない以上は、そこで親に金を還元することは、長期的に見るとむしろ損しているよね)から、それがクズ扱いされるということは合理的だとは到底思えないのだけど、親が家計の面で苦労している姿を見たりしていると、家族の一員で、かつ働いているものが実家にお金を入れるということは当然のように思われるということも理解はできる。

 

ただ、理解はできるものの共感はできなくて、私にこれが共感できないのは、私のこれまでの人間関係が狭かったからなのかなと。私よりおそらく若い年齢で、自身の兄弟姉妹にお小遣いをあげているというのも、なかなか自身の身の回りだと考えられないことだし。

 

社会学を専門として学んでいるものとして、そして、その前にひとりの人間として、私自身、象牙の塔に籠ってしまうようなことは避けたいと思ってはいるから、なんかこうもっと、いろいろな人の話を、特に自分とこれまで接点がなかった人の話を、そこから彼ら/彼女らの考え方を、聞いて理解を広げていきたい。もちろん、そう簡単ではないこともわかっているのだけど。私自身も、生きていく方法を見つけなければならないし。ただ、単に生きることだけではなくて「善く生きる」ことも重要だな、と。この気持ちは忘れたくない。